わんこどもの生き方もいいと思います

この前、寝て起きたら、目の焦点が全くあっておらず、わんこどもが邪魔をしたのかと受けました。
別に眼病になったわけではなくて、何故か合わないのです。
勿論、それは起きたてで何も考えてなかったからかもしれません。
どうでもいい事ですけどね。

わんこたちは、どうやって自分が楽しいかという事を考えると、真っ先に自分を好きになってくれる人に尽くすのですね。
まる犬が寒いからと着た服を、「どうきれいでしょ」という風にこちらに向かって見せつけてきました。
わんこは自己投影といいますが、どうでしょうね。半分はそうですけど、半分は犬たちって、気持ちが理解出来ているように思えますね。
人間の気持ちが分かるから、健気に見えているというのは、飼った事がある人なら分かる話ではないでしょうか。

わんこたちは、ご飯を食べて寝ていて、遊んでと絡んだり、何かさだまさしさんの曲に「私は犬になりたい」とかありませんでしたっけ。吾妻さんという漫画家にも、猫はいいな、寝ていて、俺も寝ていたいというのがあったように思えます。
真意までは分かりませんが、ただ楽をしたいというより、好きに見えるのでしょう。実際、僕もわんこたちの生き方も悪くないと思っています。

大正琴を解剖したいのに

深夜に大正琴を解剖しようと思っていたら、親が寝るようです。ブログを書いたら、親の部屋から持ってこないといけませんね。
リペアとクラフトの話は、相当していると思うのですが、基本的にジャンク屋や、ハードオフもどきをするなら、リペアです。それだけで、かなり価値観が変わってくると思います。
普通の人は、特にネットに興味のない世代や、うんざりした人から見ると、ヤフオクって安いけど安心なのくらいの感覚だと思います。
又、お金に困っているわけではなく、勤めている人も、普段の事で、それ程関心がないというのが実情ではないでしょうか。

基本的に、ジャンク屋って響きはとてもかっこいいです。全く話がそれましたが、この安物の響きがとても好きです。
廃品回収とかいうと、たけざおーなんて軽トラで流して、町の人からいらないものをもらう仕事のように思えますが、まあほぼ九割それですけど、ジャンク屋っていうと、何かアメリカのおっさんがやっているようなそんな印象を受けます。

廃品回収ですが、これを直して売る事が、とても簡単になった時代にまず感謝と言えます。

リペアだけで、随分物事が変わってくると思います。やはり、普遍的なものって価値も同じですから、薄利多売でも損はないと僕は思っています。

慰謝料の話なんて本当に全てを壊す

何だか肉まんが食べたいと強く思います。
肉まん食べたいという願望がとても強いですけども。

秋というと肉まんですかね。まあどうでもいいですか。

同じことの繰り返しって確かに人間は飽きてきますね。偉大なるマンネリズムというものは、共感しているようで、人間は新しい刺激を求めているのかもしれません。
何か楽しい事、落ち込んだ時は新しい事など、何かでお金が入る技術が得られれば、こちらとしてはほっとする話なのですけどね。

やや眠気が押し寄せてきました。
眠くなりながら、考えている事も多いのですが、そういえば、自分の結婚って本当にどうでもいいです。
彼女なら分かりますが、結婚となると、結局お金が派生しますから、同じ話題のようですけど、嫌な内容です。

慰謝料で生活出来るのが女性なのですね。

話題が抜けなくなるので、考え方を変えて、楽しい事はないでしょうかね。親がうつっぽくなる気持ちが凄く理解出来ます。
自分も相当うつっぽいのではないでしょうか。

変な女性って危ないので、接しない方が良いですよ。変な男との境界が難しいのですが、第三者から見ると、分からないですものね。
今日も正義の奥様方から排除されているという妄想を抱きながら、夕飯でも食べますか。

細やかな気配りというもの

コーヒーの粉をこぼしてしまいました。これが父親には嫌がられると聞いているので、すぐに拭いて取りました。
細やかな気配りは、誰に対しても大事ですよね。
ずっとそれをしているつもりで、していなかったなと思います。何も事実関係が分からない人は、単に僕の性格だと思うのでしょうね。
それは直していくしかない事です。

人に対して礼儀正しくあれと自分でも思いますが、ふと言葉で人を傷つけてしまう事もあります。
だから、優しく言ってあげる事が大事なのだと自分でも思っています。
又、誰かに優しくされる事は、どんな小さな事でもない場合が多かったので、今度からされたらちゃんとお礼を言おうと思っています。

先ず、自分がしっかり人から嫌われない普通の人間でなくてはならないという事ですよね。

何かの本にありました。自分が笑顔を浮かべて、そこからなのだそうです。他の人がどうではなくて、自分が笑顔を作って、穏やかにしていれば、人はそうは嫌わないのそうですよ。
人間の信頼を壊してしまう事は、とても簡単です。でも、そればかりやっている人は、最後は誰からも信頼されなくなってしまいます。
もっと普通の方々と、そう思いながら、ちゃんと普通に生きていこうと思っています。

雑談などをしいしい。

いやあトクホン気持ちいいですね。何だか背中一杯に貼り付けたいですね。
肩も首も、肩の下も贅肉なのか、なんなのか、凝って仕方ないと思うのですが、これを書く度に、ああ運動しないとなと思っています。

生活が安定すると、好きな人生を歩みたいと思うのは、人間には当然あります。
何も苦しんでまで生きていたいとは思わないはずです。
ただ、生きている内、逃れられないものもあるといえばあります。

僕だと面倒臭い事柄がとても多い気がするのですね。それって気持ちの入れ替えでどうにでもなるとは思いますが、更にいうと、精神病を何とか治したい、これだけは思います。
完治にほぼ近い状態にしたいと、僕自身は思います。
まあそれも気楽にやっていけばいいのだと思いますけど。

あんまり根を詰めても仕方のない話ですしね。そういえば病院の近くに、家庭菜園なのか、何かの果物が植わっています。キャベツとか菜っ葉ものを、よくあの辺では作っているのですね。
一応、東京都といってしまう人は、都市部以外、皆田舎でしょと思うでしょうけど、その通りで、東京なのに、畑があるのです。
それらを見ていて、何故か違う県にいるような錯覚を覚える事もありましたね。15日くらいに行かなくては病院にです。

雑談を書きながら思う事

はっぴいえんどのライブ音源を聞いていて、昔の人はヒッピーソングにも、何やらオーケストラのような拍手をするのだなと思いました。
時代が感じられて、面白い事ですね。
来年は、又新しい事は始まると考えています。とても楽しみです。

ジャンク屋という名前を自分の中で持つと、それに自己陶酔していますね。
面白いものです。自分でうつ病だと考えすぎると、そこにはまってしまい、病人のように感じられるのに、それでも全然問題ない肩書を自分で受け入れられると、余り文句もないものですね。
結構自虐的かもしれませんが、もっというと、オタクっぽいのでしょう。
電車男は、当然ながら電車を知り尽くしている事に、少なからず、プライドはあるでしょう。
ない人もいるかもしれませんが、知っているという事に関して、他とはひけをとらないとは思っている気がします。
同じようにジャンク屋という稼業を考えると、チープで学識ぶらず、普通でありながら、少しずれたような感覚になるのが心地よい部分です。

自分は最近、ボーダー女の洗脳が少しずつ解けてきたように思えます。洗脳というのは、要するに、固定観念を植え付けられるのです。新しい決別は、むしろ攻撃された時、相手の正体が分かって、段々と自我が出てくるのだと思っています。

本音と建て前という話

話は少しそれるのですが、男女間の金銭トラブルで、圧倒的に強い立場なのが、貸した側だという事です。
この事実だけで、全てが優位に運びます。

それ以外の好きであるだとか嫌いであるという話は、男女の主観のみで終わってしまい、解決には至りません。
又、そこに関して、第三者があれこれという話でもないでしょう。どこの人が、「あなたの息子は病気だから母親が払え。相手が可哀想ではないか」という矛盾した話を、母にするでしょうか。
本来なら、当事者で解決するべき問題を、第三者は、こちらが全て加害者のように話しているという点です。

男女の問題で、一番危ないのは、結局破たんした場合、問題がどちらに出るかという事で、借りるより貸してくる方が怖いというのはそれです。何を言っても聞いている方は、こちらが全て悪いと思ってしまうからです。
人間の感情の問題で、女性が「騙された」と泣きつけば、相手だって可哀想だから何とかしてあげないとと思ってしまう場合が多いと思います。

母はそこを不愉快がっていました。つまり、こちらにはっきりと言えばいいだけの事を、第三者に広めるその人間性を疑うという事です。
僕で言うなら、正論で物事は全て上手くいかないという話です。

プライドなんてかすかすもないほうがいいです

来年から更に自分の人生は飛躍するでしょう。これを信じて生きていくというのが、僕の中でずっと思う事です。
その方が楽しいですものね。
恨んでいても無意味ですし、明るく気楽な方がいいのですよ。

父、仕事ですね。朝、上一枚でも充分な暖かさだったので、父も薄着です。
本領発揮ですね。頑張ってください。まあ書きながら他人事になっていますけど。

無責任なのにゴマすりする所は、母に似ましたね。
取り合えず、相手をヨイショしまくり、おだてて従ったふりをして、もらうものをもらう、という流れです。
ご機嫌取りのポイントが、母は非常に上手いため、僕もどういう風におだてるか研究中です。

父を前向きに解釈し、捉えるという、全てにおいてプラスに考えるタイプの母はさすがな能力の持ち主ですね。
やはり父も母のご機嫌取りに気持ちが楽になるらしく、母がいないと駄目、などと冗談で言っていました。
自分の場合、地震、雷、火事、親父という昭和のフレーズにある通りで、中々父親のご機嫌取りが出来ないのですが、自然体で従うふりをしました。
これが父にはまるで仏さまのような眼で(慈愛に満ちた目という意味です一応)、僕に色々と「○○ちゃんほらこれでじゅーちゅでも買ってごらん」などと言ってきますが、もう気になりません。

結果的に女性の勝利のように思える

その知人に、女性が話すと、知人はさも大きな顔をして、母を糾弾したのですが、何故、その女性について疑わなかったのが、常に疑問です。

まず、金の事ならば、僕の借金がゼロになってからでも、支払っていく事は可能であるという話です。
次に女性の名義にはなっていますが、女性は一円も支払っていないという問題です。一年の間、返したのは僕ですし、返せないと分かっていて貸した側は、やはり正論が通らないのではないでしょうか。

この事で、例えば知人が「結婚詐欺と言われてもおかしくはない」と母に言ったそうなのですが、それが事実を歪曲していると思います。
彼女は結婚という話をずっとしていました。ですが、金の関係がなくなった途端に、縁を切りました。
まあ、この話をずっとしていても、僕は意味がないと思っています。結局、女性が知人にそう言って、僕が病気で処理する事が出来ないのなら、それはそれで僕から離れた話題になっている事ですから。

払わない変わりに、どこまでもこの「200万を捨てた犯罪者」をずっと、追いかけて噂を流すようにしか思えません。
それは本音と建て前の上で、どこまで正しいのかが僕には理解出来ませんが、言える事として、経緯が全て抜けています。

女性というものと親への問題

若い内は確かに好きにやる事が出来ました。
若い時に自由に動けるという事は、ある意味自分が残した結果を出すという意味では、大きな確信です。
病気で、自信がない時に、一人で好きな所まで行った時、「自分で考えて自分で動いたのだ」と強く確信しました。
もしかしたら、旅の記憶って、それが一番強いから良い思い出なのかもしれません。

病気になると、介護者としては、どうしても心配や不安が、保護者も当人にも関係して、慎重に行動を制限してしまう事はあると思います。
ある女性が、親がネットをやってはいけないからやっていないと笑顔で話していました。
それくらい、規制がかかってしまうものが、病気なのです。

健康な方が見ると、明らかに自分で決断出来ない人生なんて辛いと思うと思います。
僕は実のところ、親にそれ程まで束縛されてはおらず、むしろ自由に生きてもいいが金は出せないとは言われています。
それなら貯めて、ある程度の所から好きに生きればいいのですが、何故かいつも親の顔色を伺ってしまいます。
理由に、一度、前の女性と別れた時、自分を構築していたものが全て崩壊したような気持ちになりました。
その女性が全てだという時期があったのです。問題は深いのですが。